ビジネス : 第5回 転職成功も未経験のビジネスの世界で挫折

第5回 転職成功も未経験のビジネスの世界で挫折

第5回 転職成功も未経験のビジネスの世界で挫折
 ここまで書いたように短絡的な発想で、新聞業界の先行きに不安を募らせていた私は、密かに転職活動を始める決意をしました。
 といっても、すでに転職サービスをお試しで検索しても記者しか経験のない自分には行き場がありません。しかも転職限界年齢といわれる30代半ばです。
 とりあえず、「企業広報の仕事であれば記者の経験を生かせるのではないか」と思い、どこかの大企業の広報か、成長中のベンチャー企業の広報幹部のポジションを狙います。しかし、実際に転職活動を始めてわかったのですが、広報職は総務系の一環か広報のスペシャリストとしてキャリアを積むのが一般的です。PR会社が少ない時代は記者から企業広報に転身した人もいたようですが、リーマンショック後で転職市場が壊滅的だったこともあり、人材会社に相談しても「ご案内できる案件がありません」と断られ続けました。
 そうしているうちに2010年の夏頃、地方支局への2年間の異動を打診されます。読売では支局の若手の指導役として10年目クラスの中堅が赴任する制度がありました。このまま異動すれば本社復帰時は37歳。転職は年齢的に困難となりますので、焦りを募らせました。
 有名転職サイトを経営する友人のアドバイスで、必死に20社ほど片っ端から人材会社に登録します。相変わらず断られ続けましたが、ある人材会社からPR系のコンサルティング会社を紹介されたのが転機となりました。
 紹介してくれた人材会社の担当者は、新聞記者からPR会社に転身した事例が念頭にあり、ビジネス未経験の私にとっても、PR業界であればメディアの経験を活かしつつ、基本的なビジネスのイロハを学べると思い魅力的でした。
 結婚と同じで、縁があるときはトントン拍子に進むもの。2ヶ月で内定をいただき、転職で新聞社を辞めることを部長に伝えたのは、異動が部内で示される当日の朝という土壇場のことでした。

 明けて2011年。私は、世界最大の新聞社から、創業間もない社員70人ほどのベンチャーのPR系コンサルティング会社に転職しました。
 退社の際に守秘義務に関する誓約書を提出しているので、具体的なプロジェクトの中身を書くことは控えますが、仕事のさわりだけを説明すると、単なるメディア露出に終わらせるのではなく、クライアント企業のマーケティング戦略全般を綿密に練り上げ、多彩なプロモーション方法によりメディア露出から顧客の購入までの筋道を描くことでした。私は記者時代に培ったマクロ視点で世の中の動向を見ることを期待されてか、リサーチ部門に配属されました。
 新しい仕事では、商品を企画していく過程や、あるいはメディア関係者に売り込んでいく側からの現場をその目で見ることができ、企業関係者のマスコミ各社に期待する思惑などを知れたのは新鮮な体験でした。しかし、一方で、新卒から新聞記者しか知らんかった自分が、一般の企業で仕事をする方々と比べいかに「特殊」なキャリア構築をしていたのか、文化や環境のギャップに大いに苦悩することになりました。
 その一つがパソコンスキル。もちろん新聞社でも記事作成にパソコンは使いますが、多くは内製の記事ソフトを使い、ワードは簡単なドキュメント資料を作成する程度。パワーポイントは仕事で使うことはありませんし、エクセルは世論調査等で膨大な数字を取り扱う部署でない限りは絶対的には業務で要求されることがありません。私も転職前はワードしか使えなかったので、急きょ焦ってパソコンスキルでゼロからエクセルとパワーポイントを習いに行きました。
 しかしパソコンはなんとかなるにしても、ビジネスの常識がそもそも欠落しています。入社初日に社内連絡のメールで「◯◯さん 先ほどの…」という具合に、宛名を書いた後でいきなり要件を書くと、上司の方に呼び出されます。
 「ちょっと新田君、本文に入る前に社内だったら『お疲れ様です』、社外なら『お世話になっております』と書き出すんじゃないのか」とすかさず指導。もう今となっては穴があれば入りたいくらいの恥ずかしい話。社会人としてのマナーを知らなかったわけですが、一つ言い訳をすると、マスコミ業界でも編集系の職種、特に記者の人たちはメールの文面で営業系の人に比べると気遣いはしない人が多いように思います。私もまさにそんな一人で、ビジネスマナーの基本的素養がほとんどありませんでした。
 記者の人たちはたいてい「こんにちは、◯◯新聞の◯◯です」と挨拶もそそくさに「先日のお願いした取材の件ですが…」と単刀直入で本論に入ります。豪放磊落な気風もあるでしょうし、一般企業のようにマナー研修を受けることもないからでしょう。現在でも新聞記者やテレビの制作系、出版社の編集系の方々とのやりとりさせていただく中で、「お世話になっております」と書いてくる人は少ない印象です。
 よく言えばカルチャーギャップ、悪く言えば一般常識の欠如。最初からそんな具合ですから、戸惑いの連続です。
 それから、これは業務というより日常の会話のことなので書いてもいいと思いますが、おじさんばかりの新聞社から平均年齢が30以下で、女性も多い職場でのコミュニケーションには苦労します。
 たとえばカタカナ語の多用。新聞社ではシニア世代を主な読者にし、紙面でも文字数も極力短縮します。たとえば「グローバルスタンダード」も「世界基準」というようにしますが、記者たちの日常の会話でもカタカナ語は一般企業より少ないと思います。しかし、新しい職場では、広告業界の影響もあって、たとえば「会議」ひとつでも「オリエン(オリエンテーション)」「ブレスト(ブレインストーミング)」「ラップアップ」というように目的別に使い分け、最初は意味がわかりませんでした。
 また、新聞記者は単独行動が多いので、大事件の取材を除くと大人数でチームワークをして動く仕事に慣れていません。クライアントにメール一通を出すのに、社内の他の部署全員の確認を取ってから送信するといった多人数でのビジネスコミュニケーションが実に苦痛でした(今はもう慣れましたが)。
 もちろん、全ては無謀な転職をしてしまった私自身の能力と適応力不足が招いた事態でしたが、心身ともに追い詰められていった矢先、人生でもっとも辛い時期を迎えます。(続く)

●新田哲史(にったてつじ)
言論プラットフォーム「アゴラ」編集長/ソーシャルアナリスト
1975年生まれ。早稲田大学卒業後、読売新聞東京本社入社。地方支局、社会部、運動部で10年余、記者を務めた後、コンサルティング会社を経て2013年独立。大手から中小ベンチャーまで各種企業の広報や、政治家の広報・ブランディング支援を行う。本業の傍ら、東洋経済オンライン、現代ビジネス(講談社)で連載。ブロガーとしてアゴラ、ブロゴス等に寄稿しており、2015年10月からアゴラの編集長を務める。