ビジネス : トランプががんばった第3回討論会

トランプががんばった第3回討論会

トランプががんばった第3回討論会
最後の直接対決、第3回公開討論会が行われた。場所はカジノなどの娯楽で有名な世界的都市、ラスベガス。会場になったネバダ大学のコンベンションセンターは、町一番の有名な通り“ストリップ通り”のほぼ中央から東に進むと姿を現す。

いつものように司会者に促されて二人がステージへ登壇した。ダークスーツに赤のネクタイで決めたトランプ氏と白いパンツスーツにシルバーのシンプルなイヤリングのクリントン氏。前回と同じく、恒例の握手はなかった。お互いにこれが最後の直接対決であり、どちらに投票するか決めかねている有権者を振り向かせようという気概が感じられ、ピーンと張りつめた緊張感の中、討論は始まった。

私は、例のごとくヒラリー陣営が運営する公式討論会ウォッチングパーティに参加していた。今回の会場は、ラスベガスの中心地から北上したところにあるコンサートやちょっとした演劇などができそうな大きなステージがある野外会場だった。いつものように前方両端には「Stronger Together」と書かれた大きな水色の看板とともにアメリカの星条旗が掲げられ、大きなスクリーンが用意されていた。18時の開始に合わせて、17時30分には歌手による“国歌”の独唱が行われ、いつになく観客も緊張している感じがした。

会場は、椅子に座れる前方の特別席とマスコミのカメラや記者席が配置されたさらに後ろに段々畑のようにコンクリと芝生でできた後方の2つのエリアにざっくりと分かれていた。

私が到着した時には、特別席はほぼ招待客などで埋まっていたが、日本から来たということもあり、係員から声をかけられ開演直前に前方中央席に案内されたのだった。討論会が始まり、陽が沈むと辺りはすっかり夕闇に包まれた。

前回までとやや重複した質問に詳細の加わった回答が並んだ。圧巻だったのは、いつものようにトランプ氏がクリントン氏の経験を「悪い経験しかしていない」と自分の経験のほうが有益であると比較した直後だった。彼女は冷静に年代ごとに一つひとつ、丁寧にその違いを比較解説してみせたことだ。

1970年代、私は子供擁護基金を作り、アフリカ系の子供が学校で差別されることを防いできた。彼は、アパートの住民との間に起きたいざこざで人種差別の罪で訴追されていた。1980年代、私はアーカンソーで学校改革に取り組んでいた。彼は父親から1400万ドルの援助を受けて事業を始めた。

1990年代、私は、北京で行われた世界会議で「女性の人権は人間の人権だ」とスピーチをした。同じ頃、トランプ氏は美女コンテストの優勝者を“食べるマシーン(機械)”と呼んでいた(前回話題に上った、トランプ氏から“子豚”“家政婦”と呼ばれた女性。今年、アメリカ市民権を獲得し、今回初めて投票しに行くと公表している)などと切り返したのだった。

トランプ氏もまた、前回の討論会後に次々報道された女性へのセクハラ行為について、「事実無根」であり、「彼女らの誰も知らない」。こんなことになり「妻に詫びた」そして、「自分ほど女性を尊敬する人はいない」などと歯の浮くような“言い訳”をした。

ヒラリー氏から「名乗りを上げた女性について、彼女は好みじゃないから(口説くはずがない)って、言ったじゃない」と指摘されたりしたものの、彼は黙ることなく、自分の主義主張を繰り返していた。

メキシコ国境に作る『壁』のように実現性のないことも多く、「化学兵器を使っていたアサド氏のほうがオバマ大統領やヒラリー氏よりもよっぽど頭が良い」、「プーチンとはそれほど仲が良いわけでないが、大統領になれば、仲よくするのも悪くない」と語るなど、多くの発言が不安定で、討論会への準備不足は否めないものの、「自分が大統領には最適な人物である」とトランプ本人は頑張って主張したと言える。

内容については、ワシントンポストが示したように、トランプ氏の発言のおよそ85%がまったく違うか、ほぼ間違いというから話にならない。ただ、興味深いのは、女性蔑視発言などからメルトダウンして彼がダメになるという、評論家たちによる予想を覆し、その予想をはるかに上回るほどのパフォーマンスを見せた。

つまり、今までの討論会において、トランプ氏の受け答えは会を増すごとに良くなり、善悪賛否は別として、今回が最高の出来栄えだったと思った。それにFOXニュースのエース、クリス・ウォレス氏による冷静沈着な司会進行により、両者から良いリアクションを引き出していたように感じた。CNNとORCの調査によると、この討論会の勝者をクリントン氏とした人は52%、トランプ氏のそれは39%で、クリントン氏に軍配が上がった。これで3回行われた討論会は、すべてクリントン氏が勝利する結果となった。

討論会が終わり、トランプ氏とクリントン氏の両者は、握手を交わすどころか、お互いの顔を見ることもなく会場を去った。

ウォッチングパーティの様子は次回で。

会場の様子(撮影:sonoki egi)

会場で配られたサインを持って

会場で配られたサインを持って



江木園貴(えぎ そのき)
国際イメージコンサルタント。大分県出身。米国大学留学後、米国テレビ製作会社日本支局入社、TV制作プロデューサー、MC&アナウンサーを経験。その後、衛星放送会社、音楽配信会社などの広報・PR/IRを経て、イメージコンサルティング会社、(株)プレゼランスを設立。アメリカの大学に留学時、偶然見たビル・クリントン氏の大統領選挙の演説の様子に感動し、大統領選挙並びに印象を良くすることに関して研究をはじめ、ロンドンやNYにてカラー、ファッションやヘアメイク、メディアコミュニケーションをはじめとするイメージコンサルティング全般を修得。アメリカにて国際イメージコンサルタントの資格取得。人生を変えるきっかけとなったクリントン氏に20年を経て恩返しするべく、1年間日本での仕事を休み、選挙ボランティアとして活動中。NY在住。