ビジネス : ヒラリー氏メール問題とバースディ

ヒラリー氏メール問題とバースディ

ヒラリー氏メール問題とバースディ
11月8日の投票日まで1週間を切った。3回目の討論会が終わり、14ポイント差でヒラリー氏がリードしていたのだが、10月28日にFBIがヒラリー氏のメール問題の捜査を再開したとの報道を受けて、11月1日トランプ氏46vs.ヒラリー氏45で、トランプ氏が1ポイントリードしたとワシントンポストが発表した。

それまで1度もヒラリー氏からリードを奪えなかったトランプ氏だったが、ここにきて“追随した”との報道が目立つ。しかしながら、アメリカ政治サイト『リアル・クリア・ポリティクス』の世論調査を基にした分析によると、3日現在、選挙人獲得予測数はヒラリー氏が226人トランプ氏は180人となっており、トランプ氏が追い上げているものの、勝利するためには全ての激戦区で勝たなくてはならず、依然としてヒラリー氏の優勢は続いている。

1年前には考えられなった状況にアメリカ国民だけでなく、世界中が戸惑いながらもこの状況を注視しているだろう。私たち女性ボランティアチームもNYから総勢62名が、今日から激戦区であるペンシルベニア州に入り、投票日まで戸別訪問を繰り広げる予定だ。祈るだけでなく、できることをできる限りやっていくしか道はない。

ところで10月26日はヒラリー氏の誕生日であった。各地で誕生日イベントがあったが、本人出席または公認のパーティではない(もちろん、彼女とその日一緒だった人々は、一緒に祝ったに違いないと思うけど……)。

各オフィスや個人が勝手に“パーティ”と銘打って集まり、有権者にヒラリー氏への投票を促す電話を掛けるのだ。あるオフィスでは、“彼女の誕生日祝いに1万本の電話をかけよう”をスローガンとしていたところもあったし、私がよく行くブルックリンのオフィスでは、顔写真入りの2段ケーキとパイをはじめ、カップケーキなどが振る舞われた。

数日前に「10月26日夜6時〜9時 ヒラリー・バースデー・フォーンバンキング・パーティ」が開催される案内が届いて、いつものようにさっそく予約を入れた。会場に着くといつもと違い、すごい人が集まっていた。受付でクリスマスパーティの時につけるような金、銀、赤、青、水玉など、紙で作られた帽子が配られ、席に案内された。

席に案内されたといっても、別にレストランのように白いテーブルクロスがかかっているような食事のための席ではなく、普通の会議室にあるような組み立て式のテーブルが壁一面と、2台ずつアイランド型に並べられているだけ。パーティと銘打っているが、普段となんら変わらない様相のオフィスなのだ。

まずは、いつものように有権者へ投票支援の電話をかける。本選まで2週間ということもあり、激戦が予想されるバトルステイトに集中的にかけていく。電話をかける有権者のデータは、パソコンでオンライン上のリストがあり、自動でピックされて画面に現れる。

その日はオフィスのメインルームいっぱいにボランティア(約40名)が来ていたので、パソコンが足りず、私は、久しぶりに印刷されたリストで、ボランティア活動を促す電話を掛けていた。その後も次々とボランティアが駆け付けて来たため、いくつかの部屋に分かれて作業は続いた。

8時を過ぎたあたりで、隣りの部屋との仕切りが取り払われ、大きなひとつの部屋に模様替えされ、真ん中にテーブルを寄せて、ケーキや紙皿などが準備された。皆、いったん手を止め、フィールドオフィサー(ここの事務所長)の話に耳を傾けた。特別な日とあって、今夜のみ地域の民主党役員であるサイモン女史も駆けつけて、この歴史的な大統領選がどれだけ私たちの生活に影響があるのか、私たちのボランティア活動が、尊く大切なのかを簡単に話し、挨拶とした。

その後、「15歳以下はケーキの前に集まって」の号令により、子供たちが集まり、サイモン女史のお孫さんである女の子とグレーのパンツスーツ姿のワーキングママに連れられてきた男の子により、ケーキ入刀がなされた。彼らは日本でいうところの、さながらウエディングセレモニーのような感じで、照れくさそうに拍手を浴びていた。

可愛かったのは、ヒラリー氏の顔写真入りケーキだったため、顔を切るのをためらっていたことだった。母親が尊敬するヒラリー氏を彼もまた、尊敬していたのだろう。子供と言えども、親を始め、周りの大人たちからの影響を少なからずや受けながら、自分なりの意見・主張を持っているんだなぁと感じた。また人を思いやる気持ちや、例えモノ(ケーキ)であっても、気遣う精神は素晴らしい。今の時代、ゲームや食べ物の影響からか、自己中心的な人間が増えてきたと聞く。この男の子は働く母親の姿を見ながら、優しく育ったんだなぁと、なんだか嬉しくて、私はとてもあたたかな気持ちになった。

この後サイモン女史により、顔部分は保護されてケーキはカットされた。私は、記念に一口大に切られたものをいただいた。やはり、誕生日にお祝いしたり、イベント化すると盛り上がるし、第一、人が集まる理由になる! このように各地でヒラリー氏本人の参加はないけれど、皆それぞれが心を込めて、あと2週間を戦い抜こうとしていた。

照れながらケーキカット

照れながらケーキカット

さて、それから数日。ハロウィーンがやってきた。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いだったのだが、現代では、仮装パーティがその主なイベントとして定着している。ここ数年の渋谷や六本木には、海外からも多くの参加者が来るという人気行事になっているので、馴染みの人も多いだろう。

ニューヨークでは、10月31日の夜に道を封鎖して大々的にパレードが行われた。このパレードが凄いのは、事前の登録が必要なく、その日、仮装して時間通りに大体の集合場所に来ればよいとのことで、観光客でも気軽に参加できること。普段の空港などでのセキュリティ体制との違いに驚かされるが、そんなアバウトさが、世界最大級の人気になっているのかもしれない。

私たち、エグゼクティブ・ウーマン・フォー・ヒラリーの面々は、仮装と言っても、ヒラリー風パンツスーツ、または、20世紀初頭英国での女性参政権運動の映画『サフラジェット』(2017年1月日本公開予定。邦題は『未来を花束にして』)に出てくる女性たちのような装い、くるぶしまでのロングスカートに、白いブラウス、帽子と「Votes For Women(女性に参政権を)」と書かれた“たすき”を身にまとい、赤に白字で“Hillary”と書かれた4メートルほどの大きなサイン(バナー)を持って、約数キロ、2時間にわたって練り歩いた。

半分の距離を歩いたところで、少し疲れた面々が列から離れたため、そのメンバーから「Nasty Women Get Stuff Done」と書かれたプラカードを引き受け、私は後半、ずっとバナーとプラカードを持って行進した。この「Nasty(意地悪な)」という言葉は、トランプ氏が3回目の討論会でヒラリー氏に向かってはいた言葉のひとつで、翌日から「Nasty Women」と書かれたTシャツがWeb上で一斉に販売され始めたりして、ちょっとしたトレンドワードとなっている。

“Hillary”と書かれた真っ赤なバナーは遠くからでも良く目立ったらしく、多くの観客やパレード参加者からも注目された。途中、トランプ氏に扮したコメディータッチの男性が現れ、私たちとのたわいのない遣り取りがとても面白く感じられた。また韓国のテレビクルーが、私たちの活動をドキュメンタリーで撮影していたので、パレードが終わってから私も自らのボランティア活動についてインタビューを受けた。

NYと日本のパレードとの違いだが、日本のは、20〜30代の若者が多いのに対して、NYは、若者だけでなく50代以上の人々も多く参加していることや、私たちのように政治がらみなど、仮装目的だけでない参加者も多くいることだろう。とにかく10月も終わり、あと1週間で大統領選挙本選がやってくる。まだまだ気が抜けない状況を頑張って乗り切るしかないと気合を入れた。

みんなで行進!

みんなで行進!



江木園貴(えぎ そのき)
国際イメージコンサルタント。大分県出身。米国大学留学後、米国テレビ製作会社日本支局入社、TV制作プロデューサー、MC&アナウンサーを経験。その後、衛星放送会社、音楽配信会社などの広報・PR/IRを経て、イメージコンサルティング会社、(株)プレゼランスを設立。アメリカの大学に留学時、偶然見たビル・クリントン氏の大統領選挙の演説の様子に感動し、大統領選挙並びに印象を良くすることに関して研究をはじめ、ロンドンやNYにてカラー、ファッションやヘアメイク、メディアコミュニケーションをはじめとするイメージコンサルティング全般を修得。アメリカにて国際イメージコンサルタントの資格取得。人生を変えるきっかけとなったクリントン氏に20年を経て恩返しするべく、1年間日本での仕事を休み、選挙ボランティアとして活動中。NY在住。


江木園貴(えぎ そのき)
国際イメージコンサルタント。大分県出身。米国大学留学後、米国テレビ製作会社日本支局入社、TV制作プロデューサー、MC&アナウンサーを経験。その後、衛星放送会社、音楽配信会社などの広報・PR/IRを経て、イメージコンサルティング会社、(株)プレゼランスを設立。アメリカの大学に留学時、偶然見たビル・クリントン氏の大統領選挙の演説の様子に感動し、大統領選挙並びに印象を良くすることに関して研究をはじめ、ロンドンやNYにてカラー、ファッションやヘアメイク、メディアコミュニケーションをはじめとするイメージコンサルティング全般を修得。アメリカにて国際イメージコンサルタントの資格取得。人生を変えるきっかけとなったクリントン氏に20年を経て恩返しするべく、1年間日本での仕事を休み、選挙ボランティアとして活動中。NY在住。