ビジネス : そもそも私がヒラリーのボランティアになったわけ

そもそも私がヒラリーのボランティアになったわけ

そもそも私がヒラリーのボランティアになったわけ
さて、大統領選も終わり、落ち着いたところで、そもそも私がなぜ、ヒラリー氏のボランティア活動に参加していたのかを話しておこう。

1992年、私はテキサス州サンアントニオ市の大学に留学していた。ある日、大学の帰り道、バルーンや国旗がにぎにぎしく立ち並ぶ、何かのお祭り騒ぎに出くわした。

「何のお祭りなの?」

近くの人に聞いてみると、大統領選挙に立候補しているビル・クリントン氏が演説会をするという。私はちょうどメディア論の授業で大統領選挙を調査研究している最中で、すぐさま列に紛れて演説会に参加した。

TVなどではなく実際に立候補者を目の前にして、肉声を聴ける経験はそうはない。なんてラッキーなんだろう。そんな軽い気持ちで参加したが、ビルが現れた途端に会場のボルテージは上がり、その雰囲気の異常さに私は圧倒された。多くの人が興奮状態で彼の言葉に同調していた。

私は何度かビルと目があった、つまりアイコンタクトがとれたように思えた(笑)。きっと会場内の多くの人が同じように感じただろう。彼はゆっくりと甘い声で聴衆に語りかけた。彼の笑顔とわかりやすい話は、多くの人々の心を掴んだ。もちろん私の心も!! 私はそれ以来、彼の大ファンになった!周りにいる多くの人に私はビルを押した。彼が大統領になると信じて疑わなかったのだ。

しかし、テキサス州はブッシュ氏のお膝元であり、多くの人はブッシュ氏がいる共和党員であることもすぐに知った。周りの人がいうビルの批判をよそに、私は毎日の動向を逐一チェックしていった。当時日本のニュース番組は、朝・昼・夕方・夜という時間帯での放送であったが、アメリカではCNNなどニュース専門チャンネルが立ち上がり、2時間おきには、その日の出来事が更新され、また、立候補者の支持率などもポイント化し発表されていた。

興味深かったのは、ポイントが下がったあとでは、必ず、子供を抱いてみたり、お年寄りと話したり、サックスを吹きながらスポットライトで登場してみたりとポイントアップが望めるような”演出“が行われていたことだ。それに日本人から見ると欧米人は体格も良いせいか、スーツ姿がカッコイイ。話の内容はもちろんのこと、服装や笑顔、身振り手振り、声や話し方にまで気を使っているように思えた。

それ以来、なぜ彼は人の心を掴むのかを自分なりに研究、分析することとなる。そして私は、興味が湧いたそれらに付帯する多くのことを専門的に学んでいった。もともといろいろなことに好奇心いっぱいの私には、調べて学ぶこと。多くの人に実際にお会いして、話を聴き、まとめる。という作業は向いていたのかもしれない。

《続く》


江木園貴(えぎ そのき)
国際イメージコンサルタント。大分県出身。米国大学留学後、米国テレビ製作会社日本支局入社、TV制作プロデューサー、MC&アナウンサーを経験。その後、衛星放送会社、音楽配信会社などの広報・PR/IRを経て、イメージコンサルティング会社、(株)プレゼランスを設立。アメリカの大学に留学時、偶然見たビル・クリントン氏の大統領選挙の演説の様子に感動し、大統領選挙並びに印象を良くすることに関して研究をはじめ、ロンドンやNYにてカラー、ファッションやヘアメイク、メディアコミュニケーションをはじめとするイメージコンサルティング全般を修得。アメリカにて国際イメージコンサルタントの資格取得。人生を変えるきっかけとなったクリントン氏に20年を経て恩返しするべく、1年間日本での仕事を休み、選挙ボランティアとして活動中。NY在住。